そして青空は永遠に晴れたまま。

奇跡の2.5次元役者・浜尾京介の芸能活動復帰をのんびり待機中。

110710


今朝目が覚めて、深夜更新されたタクミくんブログを早速読みました。



泣いた。




「まさに奇跡のような光景だった……」


そう、ギイのこのナレーションに当時試写会や劇場で何度も泣かされたんだったよ……




2パターン録って、このフレーズを残した監督のセンスに心底感服します。前半部分で残したパターンAの最後も、虹色でギイが託生に言った「運命さ」にかぶってくるフレーズだし、冒頭は託生の回想モノローグ(12タクミMの部分)ともダブらせ対になることで、出来上がったものをみると実にしっくりきている。


ギイを通して「奇跡のような光景」を目にすることが出来たのは私自身もで、奇跡のような光景とは、映画版『美貌のディテイル』そのもののことなんです。


やっぱり美貌はいろんな奇跡が集まった〝奇蹟〟なんだな。虹色と違い、それなりに狙って作り上げたのは記事の監督の言葉からも十分わかるけど、青空はすべてが成熟に近い状態で作られたいい意味での完全確信犯だから、最早〝奇蹟〟では無く〝必然〟と言ってもいい。


虹色の次に、〝託生とギイ〟がメインとなるお話で新たな作品を撮りたいと監督に思わせたのは、浜尾託生と大ちゃんギイ、二人が役に入って寄り添ったとき、奇跡的に化学反応した「嘘が無い(みえない)」あの空気感みたいなものじゃないかと思う。監督は虹色の撮影を通してそれを感じ取ったはずです。映画監督としての勘みたいなものだったのかも。


だからこそ虹色の打ち上げで、はまおさんと大ちゃんに、仮にとしながら第三弾への出演を口約束とはいえ取り付けているものね。この二人を押さえておかなくてはならない……とおそらくそう直感したんでしょう。虹色完成後の反響でさらに確信に近い自信を深めたに違いありません。






私は横井監督にとって浜尾京介という役者は、語弊を承知で言うと、「ファム・ファタル」だったと思っているんですよ。「ファム・ファタル」と書いて「運命のヒロイン」と読む。……まあその、いろいろと間違ってますが、自分の理解においては間違っていないので敢えてこのままで(笑)。


虹色以降の映画版タクミくんがここまでの独自の世界観を作り上げられたのは、浜尾京介が演じる物語の〝ヒロイン〟としての葉山託生が存在してこそなんだと。別役でオーディションを受けにきていた浜尾を、シリーズの顔となる〝タクミくん〟に監督自ら抜擢し起用した、そこから今に至るすべてがはじまったんだと思っています。そして、あらかじめ用意されていた〝ギイ〟との、奇跡的な化学反応。その二人をがっつりメインで描いた美貌でそれはビッグバンを起こしたワケですね。



ただ、そのせいで映画版タクミくんシリーズは、〝託生とギイ〟の比重があまりにも大きくなってしまったとも思います。ぴゅあから青空への一連の流れをみていればそれは明白でしょう。


製作側はもっとシビアに実感したと思います。だから、シリーズものとして今後も長く続けたいのならば、一度綺麗にリセットする必要があったのかもしれません。〝託生とギイ〟にどっかり頼らなくても、タクミくんシリーズを作っていけるように。それはおそらく原作のようにズルズル「祠堂学院シリーズ」化する道、なのだと思います。〝託生とギイ〟が他の祠堂のサブキャラたちと並列にスタートするとろこからやり直す。今思えば、ぴゅあという作品は、そのための試金石でもあったのかもしれない。


このことについては、青空の公開が終わった頃にでももう一度まとめたいかな。





監督の美貌制作へ込めた想いを今になって伺う機会に恵まれ、朝からずっと自分の美貌に関する過去記事を一つずつ読み直してみました。嗚呼、間違わずに掬い取ることが出来ていたんだな、と、あらためて確信した。



そんな横井監督、今夜はなにを語ってくださるんでしょうか。楽しみです。